Modelado bonito(モデラード・ボニート)70☆43n's

ブログタイトルはスペイン語で美しい模型と言う意味です。早くブログタイトルに負けないように美しい模型作製をしたいです。追記:43みならいさんと2人の会

被災地巡り

Posted by トマソン on   0 comments   0 trackback

今日は、予定通りに実家の石巻に用事があったので、久々に行って来ました。
先ずは、実家の石巻市渡波地区はまだ全壊の住宅が残っていて、解体が進んでいませんでした。それでも、約10ヶ月経っているので、道路は走り易く整備はされていました。
実家からは海が見えなかったのに今では、住宅も取り壊されて海の近くの松林がスカスカに見える様になりました。


次は、サンファンバウティスタ号が復元されて収めらるてるパークからの写真ですが、街全体が見渡せる場所です。海っぷちが被害が大きかったようです。


お昼は石巻市渡波の国道っぷちにある、ラーメン屋さんでラーメン善谷に行きました。実家の近くで、震災前にオープンしてて、行く機会が無かったので、行ってみました。震災にも負けずにお昼時には、結構混んでました。
頼んだのは善谷ラーメンの大盛頼みました。またラーメン食べるのかと、嫁さんに言われながらも、また大盛ですが、やはり庄内の大盛とはスケールが違って、普通の大盛で安心して食べれました。味は、魚介系のドロドロしたスープですが、後味はアッサリしてて麺は細ちぢれで美味しかったです。



さて、お腹も満たされたので、隣町の女川町に行って来ました。

途中までは、さほどの被害が無かったのですが、ある場所から景色が一変して街全体が無くなってしまいました…
想像を絶する光景に声も出なくなり、具合も悪くなりました。
昔、家族で来たマリンパル女川が形を残してましたが、周りは何も無くなって、毎年ウニ丼を食べに来てたお店も流されてしまったようです。





女川町は、14.8mの大津波が来たらしく、二階建ての家をあっという間に飲み込んだらしいです…下の写真の様に、基礎から流されて建物が横にひっくり返ってる光景にはビックリしました。

石巻市も酷い状況でしたが、女川町はそれ以上でした…写真を撮るのも気が引けましたが、記憶に残しておくことと、まだまだ復興は先の事だと改めて実感する為に撮りました。

帰りには、よくテレビに映っていた、缶詰工場のシンボルが大津波に流されて横倒しになったままになっていました。震災の記憶として残しておくとか、思い出すから撤去するとか、賛否両論ある様です。



写真やテレビで見るよりも、実際に行って見た方がやはり、未だ未だ復興が進んでいない事を実感しました。
通り道には、仮設住宅が軒を連ねて、お正月どころでは無いなぁと思いながら、帰ってきました。

久しぶりに行った被災地でしたが、前よりは、埃っぽく無くて、臭いも無くなって来てましたが、やはり震災の後遺症も有り、具合は悪くなりました。ほんと疲れました。普通の生活が慣れて来ていると、ありがたさや、感謝の気持ちが薄れて来ますが、被災地の現状を体感して来ると未だ未だ震災の記憶を忘れてはいけないんだと思わされました。

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